• 2310月

    昨日から広島です。

    乗換案内のアプリによく出てくる広島の「府中」。
    この標識を見上げながら、
    日振協の中国・四国地区対象のセミナーを一緒にする、
    評議員の山田先生と共に、会場の広島YMCAに。

    当たり前のことなんですが、
    ここにもこんなにたくさんの日本語教育関係者が!
    文科省の調整官も東京から来てくださり、皆皆皆…で。
    とにかく、認定目指して皆で駆け抜けようの会。
    また参ります。

    そして、一夜明け。

    起きて、シャワーあびて、FBをちらっと開いたら、
    なんと!小林先生が広島にいると書いてある!
    インターカルトの先生を経てアメリカに渡って30有余年。
    今、奥さんのベッツィーさんと日本旅行中、ということは
    知っていましたが、まさかの至近距離に。

    で、急ぎ支度して、歩いて6分の小林ご夫妻がお泊まりの
    ホテルのロビーでしばしの再会を果たしました。
    小林先生は、インターカルトの養成と先生としての先輩、
    縁は続くよどこまでも。

  • 1710月

    今日の「ニュースステーション」で言っているのを聞いて、
    初めて知りました。「蟋蟀在戸(きりぎりす とにあり)」

    冷え込みが増すにつれて、あたたかい場所を探して、
    家の中にも入りこむコオロギの習性を詠んだ、
    暦に従って生きる農民の一年の詩の中の一節だとここに。

    虫の音、聞こえるだろうかと家の10階のベランダに
    出てみたら、はるか下の地面で鳴く声が聞こえてきました。

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    で、今日の話題は、その10階です。
    これは、6階の階段の途中にどなたかが置いてくださった椅子。

    ここで皆さんに報告していませんでしたが、
    9月3日から今日17日までの15日間、リニューアル工事のために、
    マンションのエレベーターが24時間完全停止していました。
    …ってことは、その間、階段で上り下りをしていたってことです。
    うち、10階。

    まだ膝が悪くないから下りは大丈夫。
    慣れていく中で、所要時間も2分半から1分半に。
    しかし上りは、この椅子があった6階で一度バテるのです。
    息も切れてきて、次8階、そして10階まで一気に。
    毎回、階段を前に時計のストップウォッチをかけ、
    上りは結局、最後まで2分半の壁を破れず。
    なんてことを毎日していた私は、やっぱり常に挑戦するんだと、
    家族その他に褒められ?ました。

    今日の帰宅時から、息絶えることなく楽々と、…住人在戸。
    新しいエレベーターの乗り心地は非常に良いです。

  • 1610月
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    日本語教師になったきっかけを聞かれたら、
    「言葉が好きだったから」。
    「例えば、私は、暇があったら国語辞典を見ているような、
    そんな子どもでした」と答えると、皆さん「へえ」と。
    これがその国語辞典です。本邦初公開。

    ぼろぼろになって、ばらばらになりそうだったので、
    いつだったかデニムの生地でカバーを作って、コクゴと刺繍。
    (ぼろぼろではないけれど、カンワ(漢和)もあります。)

    インターカルトの私たちの名刺には、各自それぞれ、
    写真とメッセージを載せています。
    今の私のには、
    「「人と人、人と社会を言葉でつなぐ」をライフワークに」と。

    こちらは、「ことば」でも「こころ」でも「こだわり」でも
    つながっている、いつかデニムのカバーが必要になりそうな、
    ありがたい方たち。

    長すぎた、猛烈な夏が終わって、ようやく秋ですね。

  • 1210月


    「人が本になり、その人の生き方や人生を語ります」と説明に
    あるように、『日本語学校物語』に登場した皆さんと一緒に、
    今日は本になりました。

    日本語学校物語のきっかけとなった第1回箱根会議の1997年、
    その前の、インターカルトで日本語教師の勉強を始めた1987年、
    そういう懐かしい時代の方々との再会と出会いがあった一方で、
    とても嬉しく、頼もしく思ったのは、
    日本語教育専攻の現役の大学生が何人も参加していたことです。
    次の時代を日本語教師として担ってほしい人たち。

    市ヶ谷駅前の外濠の向こう側の武蔵野美術大学が会場でした。
    この外濠はもともと江戸城を守る防御の堀で、川のように
    自由には流れない。こういう堰き止められた水のことを
    「構造としての水」と言うのだそうです。

    が、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」。
    ライフストーリーという伝記、歴史の中で語られつつある自分は、
    引き際をちゃんと定めなければいけないと思いながら、
    でも、今はまだ、しなくちゃならないことがあるからあと少し。

  • 1110月
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    コロナ前のジャカルタでの留学フェアに出展していた大学の学長が、
    私の小学校時代のクラスメイトで、6年生の時に転校したT君だと
    偶然わかり、そのつてで連絡を取り合うことになって、先週ついに、
    新宿でその中の4人での再会を果たしました。私、後列左から2番目。

    人によって記憶の箇所と深さが違うのだけれど、
    記憶の糸って不思議で、50年以上も前の人や事が蘇るのですね。
    特に、たった1年半で転校していったT君の記憶の連鎖は凄かった。
    思い起こせば、そんな時代もあったねと…♪の、よき日々でした。

    そして今日は、月に一度の母との鍼灸の日。

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    5年前から始めたこの行事。鍼とお灸の後、妹と合流して食事。
    次の回までにあちこちお店を探して予約するのは私の係で、
    今日は韓国の家庭料理でした。…並べてみると、今まで色々よく食べた。
    90にしては髪がふさふさな母です。

    私はというと、今日は家に帰ってきてからものすごく眠くなり、
    まあ、たくさん寝ました。寝て起きて、寝過ぎで頭が痛くて、
    頭痛薬飲んでまた寝てまた起きて。これ、好転反応…おそらく。

    好転反応とは、
    >施術によって滞っていた血行やリンパの流れが良くなることで、
    >体内に蓄積していた老廃物や疲労物質が移動し、
    >一気に体中を駆け巡るためです。

    今後に期待。

  • 0410月
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    月に一度通っている鍼灸院での、患者さんと先生の会話。
    88歳だという男の人が、先生に聞いていました。
    「片足立ちができなくなっちゃったんだけど、
    どうやったらできるようになるかな」。
    それに対して、70代の女性の先生、
    「88になったらね、片足立ちできなくてもいいんですよ。」
    耳の遠いその人に最大音量の声で。

    なるほど。確かに。
    それはそれとして、今の私にできなくてもいいことって何だろうと
    考えちゃいました。何でもかんでもしようとしているけど。

    本気でやったらできないことはない、何でもできると信じて、
    昭和の高度成長期に育った自分はいつも邁進しているんだけれど、
    いや、できないこと(できないかなあって思うこと)あるなと、
    最近思うので。

  • 0210月

    ミャンマーからレイレイさん来日。
    今年も、自分が送り出した学生さんたちを訪ねるため
    (レイレイさんは学生300人の日本語学校の校長先生。
    卒業生は何千人にもなるそうです)、
    まずは東京。昼間、学校に来てくれて、夜一緒に食事。
    レイレイさんの鞄を持って待ち合わせ場所まで来てくれた
    在校生のサイさんも一緒に。
    学校生活のおもしろい話をたくさん聞けて、楽しかったです。

    たとえば、一泊旅行のとき。
    各国からのクラスメイト、6人男部屋で飲み食いしながら
    共通語の日本語であれこれ話した後にゲームも。
    おそらく、可能形「〜ができます」の授業の日に先生がした、
    「私は座ることができます。私は何ですか。」
    「椅子だと思います。」「そうです。」というのを、
    旅館の部屋の布団の上に座ってみんなでしたんですって。
    レイレイさんと私、大笑い。でも、いいですよね、学生たち。

    今日、レイレイさんは、次の地、沖縄へと向かって行きました。
    今月いっぱい、教え子を訪ねて日本全国をまわるそうです。
    15年以上前に、インターカルトの卒業生の会社で働いていた
    のがレイレイさんでした。
    「みんなに幸せになってほしいから学校を作りました。」
    私はそれからずっと応援団。

    ミャンマー語の「こんにちは」は「ミンガラバー」。
    その意味は、幸せ、幸運、祝福に満ちた日になりますように。

  • 289月

    こんな風景を眺めながら東京戻り。

    昨日は、‘ふるさと’ 栃木県での研修会。
    会場は足利の隣の佐野だったのですが、
    ああ、私は栃木県人なんだなと、何だか新鮮な気持ちで思いました。
    足利が栃木県からはみ出た群馬県の中にあるみたいなことからか、
    足利にはふるさと意識があったものの、栃木県に対しては…だったのですが。

    で、なんであれ、栃木県佐野市での日本語学習支援研修会。
    佐野だけでなく、小山、足利、栃木、宇都宮などなどからの皆さんは
    とても一生懸命で、目を見開いて聞いてくださる姿に、
    こちらも元気をもらって、マイクを持って広い会場内をあっちこっち。
    私より年上とお見受けする方たちも少なからずいる中、
    15才の高校生もいて、みんなで(おそらくみんなで)嬉しくなりました。
    後継、大事です。がんばれ!栃木県。もちろん日本も世界もみんなみんな、
    来るべき未来の、いや、今現在の、みんなで生きていく社会のために。

  • 269月


    8月のマレーシア、タイから始まった連続週末出張、国内編。

    福島県・郡山で、技能実習生にもらった唐辛子は干すことにしました。
    写真は2袋だけれど、実際は6袋。一味唐辛子にする予定。

    新大阪の駅で買ったエビカツサンド。
    大雨で山陽新幹線が不通になった影響を受けて、遅れに遅れた
    新幹線の中で食べました。東京駅に着いたら中央線終わってました~_~;

    福岡県・博多の、TOKUYASUさんの高校の同級生のお店で飲んだ
    全国各地の日本酒。秋田の「雪の茅舎」というのが美味しかった。
    このお二人、◯十年前に同じ教室にいたんだなぁと思いながら眺めた、
    素敵なおもてなしの人と、飲みっぷりの人^^

    日本語教師養成課程の連携協定校、久留米ゼミナールの
    在校生と修了生と受講検討中の皆さんが集まってくださいました。
    そう、現在、過去、未来♪ですね。皆さん、すぐに打ち解けて、
    想像を大きく超える楽しく充実したひとときでした。
    久留米の底力。ありがとうございました!

    ということで、明日が連続の打ち止め。栃木県佐野市でのセミナー。
    初めての故郷(のお隣)でのお仕事です。そのことはまた改めて。


  • 219月

    今年もスピーチ大会。第44回。

    今年は、変わった自分、変えた自分をテーマにする学生が多くいました。
    まさに「留学」の力。語る彼らも聞き入り応援する彼らも皆、私の誇り。
    この仕事をしてよかったと今年もまた、新たな気持ちで思いました。

    上位三賞のうち二人が、参照枠のA2、B1レベルの学生だったことは、
    スピーチの評価の観点が、その内容(主張)、組み立て、表し方、
    伝え方、聴衆との関わりで、単に語学の総合力ではないということを
    表した結果でした。それでも何でも、みんなが一等賞。

    以上、一昨日の午前中。その後、午後をよそでの会議、昨日、福岡に。
    今年の春から、履く草鞋(わらじ)の数が一つ増えたため、
    特に今年の後半は、日本列島あっちこっち。
    (本当は一昨日から台湾の予定だった・・・。)

    今日、朝イチのインターカルトの養成の授業配信のため前日入り。
    昨日の晩は、博多の駅近くで同志Tokuyasuさんと。
    最初に注文した、焼き茄子と胡麻サバとシマアジのお刺身。
    今日の夕方から明日明後日、日振協のセミナーと主任研修をして、
    火曜日に東京に戻ります。祝日、あれ?いつだっけ?の2025/9月なり。

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