• 078月

    スナフキンとミーのキーリングをつけたかばんを肩にかけて
    学校のエレベーターに乗ったら、「私も好きですー」と、
    後ろから学生に声をかけられました。

    スナフキンは、
    誰にも縛られず、自分の意思で生きる。
    群れない。でも、人嫌いではない。
    地位や所有物にあまり価値を置かない。
    意味のない規則や「〜してはいけません」が嫌い。
    一人でいることを寂しいと思わない。

    まさに私。もしくはありたい姿。

    「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。
    意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」
    (夏目漱石『草枕』)


    樋口一葉も夏目漱石も歩いたかもしれない、
    学校のすぐ近くの佐竹商店街。
    18年前に引っ越してきた時すでに寂しさ漂う予兆ありでしたが、
    この間気づいたら、これらの垂れ幕もかけ変わっていました。
    いい悪いじゃなく、うつろうのが時代なのですよね。


    そして。

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    2024年3月の卒業式で、自分としては、元気玉を投げたの図。
    元気玉は、『ドラゴンボール』(鳥山明)からなのですが、
    私と話した人からよく、元気をもらったと言われるので、
    それで、卒業生に向けて投げてみました。

    スナフキンは絶対にそんなことしないのでしょうけど、
    生業でも道楽でも、自分らしく、自然体で、
    ずっと元気玉を投げ続けられたら、素敵な人生だなと思った、
    本日、2026年の夏休み初日です。

  • 247月


    7月の初めに声がかかり、本番が17日でした。

    去年の一泊旅行で「UFO」を踊った非常勤の先生たち3人組、
    松島先生、池田先生、中村先生たちの今年の選曲は、
    フィンガー5バージョンの「学園天国」。

    事務局の彭さんと私に、2番の「ヘーイヘイヘイヘーイヘイ♪」
    からのサプライズ登場をというオーダー。
    仕事でも何でも、私の基本は「No」は言わない。というか、
    去年のUFOがものすごく良くて、私も来年と興奮して言った。

    通勤の往復の電車の中で、
    まず、1番のようには空で歌えなかった2番の歌詞を覚え、
    その後、3人組によるオリジナルの振り付けで踊る様子を撮った
    動画を見て、真似て、・・・を家で自主練の後、
    授業後にこっそり集まって、カラオケとスタジオで練習しました。

    面倒くさいことを、すぱあっと忘れて、勝手にやり切った感。

    そしてこちらは、日光江戸村。
    花売り娘の夏苅先生、事務局の池上侍。
    右端は、カラオケ出場者の中から選ばれた学生新撰組?

    日本語学校で働く人は、何でもする。できる。
    何でもすることを楽しめる。…ことが必須要素だと思います。

    37年前の1988年に、
    目指すは「歌って踊れる日本語教師」と宣言した私が、
    学生たちの歓声を浴び、その夢を果たした今年の旅行でした。
    誘ってくれてありがとうのひと夜、
    すべてをやり切った、自然とそっちに向かっている気分です。

  • 207月

    インターカルトの今年の一泊旅行は、日光でした。
    栃木県の生まれ育ちなので、日光は林間学校を皮切りに何度も。


    バス11台。二荒山神社のところで降りて、東照宮まで。
    この後、とてつもない石の階段が待っていることなどすっかり忘れ、
    ただただ、たらたらと。


    会いたかった三猿。
    5月はじめからの大風邪で、声が出ず、目は充血し、そして難聴に。
    一人三猿状態からは、ほぼほぼ脱却しましたが、でもまだあと少し。


    陽明門は、日が暮れるまで眺めていても飽きないから日暮らし門。
    というようなことは、県民だったから普通に知ってることみたいでした、


    左甚五郎の眠り猫がいる潜り門の向こう側、見えますか?
    ここから徳川家康の墓所まで続く207段の石段。
    これまで何度も普通の顔して上ったことがあったはずなのだけれど、
    上りでは、肺が壊れるかと思いました。
    そして、元気についてくる後ろの人を意識しながら下る雨で濡れた石段は、
    本当に怖かったです。上り×2=往復414段。これ、人生最後だぞと決意。


    お昼ご飯のお膳の蓋の下に敷かれた紙に徳川家康の遺訓。

    人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。
     (はい。)
    怒りは敵と思え。
      (大いに、はい。)
    己を責めて人を責むるな。
     (はいはい。)

    本日ここまで。旅の記録は次回につづく…です。


  • 047月

    よそ様の投稿を見て、おお!明日かと気づく。
    で、慌てて島崎先生との11年前の写真をば。

    昨日は、7月生たちの入学式でした。これから始まる留学生活。
    希望とか期待とかって、表情を自然と柔らかくするものですね。

    インターカルトの学生たちに、
    そうしてくださいとお願いしているわけではないのに、
    ふと気づいては、いいなあと思う、自由の中にある規律。

    試験は大事だけれど、
    試験のために留学生たちの日々があるのではないと、
    言い伝えられているわけではないけれど、そういう文化があって、
    それで、つい、大事な試験のこと忘れちゃうんですよね。※私は。
    大事なことは一人一人がちゃんと胸に抱いている・・・のですよ。

  • 196月

    まもなく一泊旅行。今年は山梨の石和温泉ではなく、
    初日、日光東照宮、鬼怒川温泉泊。翌日は日光江戸村。
    毎年、壮観な宴会の風景を見ては心に溢れるものを感じます。
    きっと今年も。※下の写真は 2017.7.24,。

    日光といえば、東照宮。
    栃木県出身ゆえ子どもの頃から何度となく行っているのですが、
    老いるに従い「見ない」「聞かない」「言わない」…の三猿に、
    重いものを感じるなぁと思う今日この頃です。

    見るべきものを見て、
    聞くべきことを聞いて、
    言うべきことだけを言う。

    ・・・ができたらいいのだけれど、思い通りにできないのが人間。
    人にも物にも凸凹があって、だからこそ取れるバランス。ですよね。

    7月16日に久しぶりに猿の姿を拝んで自らを振り返ろう、
    と思うのですが、やっぱり明日に向かって突っ走ろうなんて、
    陽明門の下かなんかで決意を固めちゃうんですよね。きっと。

  • 146月

    「覚えてますか」と言って、
    パープルヘアをおさげにした学生が持ってきてくれました。
    数秒間、脳みその中の記憶分子が宙をめぐった後に蘇りました。
    オーストラリアのお菓子!

    ラミントンという名前で、彼女のお手製だそうです。
    バッグと手提げ袋の中に、
    クラスメイトと先生にあげるのが、たくさん入っていました。

    経緯を少し。

    入学式で、新入生の出身地紹介のために、
    その地の有名な料理の写真を順番にスクリーンに写します。
    たいていは、「はい!(私の国です)」とか、「おお!」とか、
    時に、あまりにステレオタイプすぎる写真に失笑「あはは」とか。
    それが私の挨拶(厳粛さはない校長挨拶)での恒例なのですが、
    今年の4月、初めて「ちが〜う!」という異論の声が後方席から。

    式の終了後に、
    「オーストラリアの紹介をするなら料理じゃなくて、
    ラミントンとかパブロバとか、デザートの方がいい」という
    アドバイスをくれた、その彼女のお手製ラミントン。
    (よかったらご参照を→「紹介の移り変わり」)

    ラミントン(Lamington)は、
    四角いスポンジケーキにチョコレートソースを染み込ませ、
    乾燥ココナッツをまぶした、オーストラリアの国民的な
    スイーツだそうです。

    家に帰ってからいただきました。
    ◯◯冥利入りの味わい深いお菓子、とても美味しかったです。

  • 235月

    日本語教師の国家資格取得につながる、
    登録日本語教員養成機関になって、1年半たちました。
    今、東京本校のほか、福島、山口、福岡、沖縄、
    そしてマレーシアの連携協定校で、実習の授業が受けられます。

    その、国内外全校の養成課程受講中の皆さんに向けて、
    毎月第三日曜日の午前中、
    「総論」という名前のオンライン双方向での科目があり、
    開講以来ずっと、椿先生と二人で担当しています。
    日曜日での設定は、仕事をしながら受講している人が多いから。
    それにしても、皆さん日曜日に偉い!(ま、私たちも偉い!)

    総論は、文科省の登録日本語教員養成課程コアカリキュラムの、
    5つの区分を一つずつ、それぞれの解説をするわけではなく、
    もしかしたら難しいかもしれない理論と、実践とを結びつける、
    その後に続く実践課程や、日本語の先生になった後をイメージ
    できるような内容を毎回。

    グループに分かれてのディスカッションの時間もたっぷりあり、
    あちこちで学ぶお仲間、老若男女でする毎回の交歓の時間は、
    皆さんにとって、ものすごく意義と楽しみがあるようです。

    前回は「総論1」。区分1「社会・文化・地域」で、私は、
    ここのところの政府の外国人政策の変化と、なぜそうなったか、
    (これ、私自身にとっても、整理のよいきっかけに…!)
    そしてそこからの日本語教育・日本語教師の役割について。
    結局、日本語ができるようになるって、どういうことなのか。

    ・日本語教師は、ことばを通じて、人と人、人と社会をつなぐ仕事。
    ・ことばができるようになることは、人の人生を豊かにする。
    ・日本語教育は安全保障にも通じる。
    ・日本語教師は、世の中の状況や世界の動きを知ることが大切。
      :
    などなど、終了後に出していただいた皆さんのレポートを読み、
    ちゃんと私の思いを受け取ってくれてありがとう…でした。

    椿先生のパートでは、インターカルトの10人の初級の学生たちが
    それぞれグループ活動に入ってくれて、学生たちとの実際のやり取り、
    レベル感などを、実習を控えた受講生たちに体感してもらいました。

    で、最後に私の状況報告。体調はまだまだ。鼻、喉、目はほぼいい感じ。
    でも新出の耳が両方とも中耳炎と相成り、今、かなりの難聴状態です。
    その中でした実践研修課程の授業での私の「工夫」は、次回に。

    写真は、島根の出雲大社の大しめ縄。
    これは去年撮ったのですが、おかげ様で今年も、しまね国際センターの
    「SICにほんごコース日本語教師養成講座」を受託しました。
    やる気みなぎる受講生、地域日本語教育を牽引するスタッフの皆さん、
    今年もよろしくお願いします。

    全国、そして世界中の、日本語教師を目指さんとする皆さまには、
    何はともあれ健康第一で、ぜひとも日本語教育のフロントランナーに。

  • 115月


    土曜日は、学生たちがお祭りに参加。
    御神輿かつがない?と声をかけてくださった町の皆さんに、
    まずは三三七拍子、そして、かつぎ方、足さばき、掛け声、
    色々教えてもらって、いざ出発。

    「おっ、おっ」とも、「ほいっ、ほいっ」とも聞こえた、
    いわゆる「わっしょい」。その語源は、
    「和(=和みの心)」を担ぐ(背負う)からの、わっしょい、
    皆で一ところに集まり協力することを指す「和一処(わいっしょ)
    からの、わっしょいとも。


    下谷神社大祭の和。
    学生たちが、たくさんの近所のおじさんたちと、
    おじさんたちも、たくさんの‘外国人‘たちと、
    語り、笑い、肩組んで写真に収まる風景、いいなぁと。


    話があって、作って、貼り出して、すぐに満員御礼。

    間を取り持ってくださった地域コーディネーターの方や、
    近所のお兄さんと喋りながら御神輿の後をついて歩いただけ、
    なんですが、なぜだか風邪ひいて声が出なくなった私は、
    無言で、皆さんにありがとうです。

  • 074月

    2026年度4月生の入学式でした。
    20の国と地域から、在校生たちと合わせると49。
    その紹介の仕方の変遷を、
    今日の余韻があるうちにと思ったので、連チャンで書きます。

    昔々は、校長先生の挨拶、そして…みたいないわゆる入学式。

    20年くらい前からは、
    国の名を言ったら、その国の学生たちが立ち上がる。
    「(皆の国では)「こんにちは」は何て言うの?」と聞いて、
    会場の皆で、元気にその国のことばで挨拶を。

    しかし、立ち上がらせることによって、
    どのくくりで国と言っているの??という空気を一部に感じ、

    12,3年くらい前からは、
    学生の出身地の有名な風景の写真をスクリーンに写し、
    どこでしょう…みたいなやり取りをしながら紹介。

    しかし、戦争勃発。
    紹介する写真の建造物が破壊されている可能性もある。

    それで4年前から、
    有名な食べ物の写真で紹介、に変更しました。
    いわゆるステレオタイプの写真も、それな!と、笑って
    くれるのが常だったのですが、今日はオセアニア女子から
    ちが〜う!の声。…でも、終了後に教えてくれました。
    デザートの方がいい。ラミントンとかパブロバとかと。

    なんであれ、こんな感じの私の挨拶から始まり、
    クイズ仕立ての学校紹介、通訳担当の在校生たちの自己紹介、
    そのあとは、教師、スタッフ、新入生たちも、全員が、
    前に立って自分の紹介。スタッフ一名ビートボックス^^
    …という、今回もみんなで元気に…の入学式でした。

  • 143月

    今日は、登録日本語教員の実践研修最終日。
    420時間最初からの人たちと、45時間からの人たち、
    それぞれの老若男女たちが巣立って行きました。

    やれば必ずできると信じる、高度成長期に育った私と数名。
    何をしてもだめという中で育った、就職氷河期世代。
    そしてゆとり世代、さらにその下の世代。
    その皆での振り返りは、実に深く、おもしろかったです。
    皆々に幸あれと心から祈ります。

    夕方からは、
    インターカルトを卒業して、大学、大学院と進み、
    日本で就職して、さまざまな経験を積んでいる最中の、
    ブライアンさんと新宿でイタリアン。

    日本語を学んだ学生と、日本語でこんな深い話ができるって、
    本当に幸せなだなとしみじみした気持ちになりながら、
    私もあともうひと頑張りしようと思いました。

    柱の話を聞いたので、写真は2012年に行ったバチカンの柱。
    ブライアンさんの未来にもたくさんの幸がありますように。