• 297月
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    今、マレーシアのコタキナバルにいるという友人、
    Sakiさんから夕日の写真が送られてきました。
    コタキナバルは、クアラルンプールがある半島ではなく、
    ボルネオ島、サバ州の州都です。


    これは、2017年だから9年前、
    Sakiさんたちマレーシア在住の皆々と行ったコタキナバル。

    ここのところ、
    頑張りすぎないで。自分を大切に。
    自分のために息抜きが必要。
    ・・・等々、いろんな人がいろんな言葉をかけてくれるのは、
    あちこちで私らしくないことを口走っているから。
    ですねぇ、きっと。

    でも、私らしいとか、私らしくないとか、その正体は何なのか。
    どっちが本当の私で、自然体の私なのか。わからなくなります。

    今日は、夜の7時から、
    しまね国際センター主催の日本語教師養成講座の授業でした。
    遠くにいる皆さんとのオンライン上でのやり取り。
    この時間、好きだなと思います。
    このときの自分こそが、私らしい自然体な私?とも思いました。
    そうかもしれませんよね。

    自分らしさは、そのときの健康状態とか心理状態とか、
    そういうものとも大きく関係するのだと思います。
    身体にも心にも十分な余裕があれば「自分らしく」しやすい。

    ◯◯さんらしいとか、らしくないとか、
    人は勝手に色々言うけれど、らしくないと言われる、その方が、
    実は自然体の、らしいなのかもしれない、とも思うのです。

    ・・・熊本を案じながら。

  • 247月


    7月の初めに声がかかり、本番が17日でした。

    去年の一泊旅行で「UFO」を踊った非常勤の先生たち3人組、
    松島先生、池田先生、中村先生たちの今年の選曲は、
    フィンガー5バージョンの「学園天国」。

    事務局の彭さんと私に、2番の「ヘーイヘイヘイヘーイヘイ♪」
    からのサプライズ登場をというオーダー。
    仕事でも何でも、私の基本は「No」は言わない。というか、
    去年のUFOがものすごく良くて、私も来年と興奮して言った。

    通勤の往復の電車の中で、
    まず、1番のようには空で歌えなかった2番の歌詞を覚え、
    その後、3人組によるオリジナルの振り付けで踊る様子を撮った
    動画を見て、真似て、・・・を家で自主練の後、
    授業後にこっそり集まって、カラオケとスタジオで練習しました。

    面倒くさいことを、すぱあっと忘れて、勝手にやり切った感。

    そしてこちらは、日光江戸村。
    花売り娘の夏苅先生、事務局の池上侍。
    右端は、カラオケ出場者の中から選ばれた学生新撰組?

    日本語学校で働く人は、何でもする。できる。
    何でもすることを楽しめる。…ことが必須要素だと思います。

    37年前の1988年に、
    目指すは「歌って踊れる日本語教師」と宣言した私が、
    学生たちの歓声を浴び、その夢を果たした今年の旅行でした。
    誘ってくれてありがとうのひと夜、
    すべてをやり切った、自然とそっちに向かっている気分です。

  • 207月

    インターカルトの今年の一泊旅行は、日光でした。
    栃木県の生まれ育ちなので、日光は林間学校を皮切りに何度も。


    バス11台。二荒山神社のところで降りて、東照宮まで。
    この後、とてつもない石の階段が待っていることなどすっかり忘れ、
    ただただ、たらたらと。


    会いたかった三猿。
    5月はじめからの大風邪で、声が出ず、目は充血し、そして難聴に。
    一人三猿状態からは、ほぼほぼ脱却しましたが、でもまだあと少し。


    陽明門は、日が暮れるまで眺めていても飽きないから日暮らし門。
    というようなことは、県民だったから普通に知ってることみたいでした、


    左甚五郎の眠り猫がいる潜り門の向こう側、見えますか?
    ここから徳川家康の墓所まで続く207段の石段。
    これまで何度も普通の顔して上ったことがあったはずなのだけれど、
    上りでは、肺が壊れるかと思いました。
    そして、元気についてくる後ろの人を意識しながら下る雨で濡れた石段は、
    本当に怖かったです。上り×2=往復414段。これ、人生最後だぞと決意。


    お昼ご飯のお膳の蓋の下に敷かれた紙に徳川家康の遺訓。

    人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。
     (はい。)
    怒りは敵と思え。
      (大いに、はい。)
    己を責めて人を責むるな。
     (はいはい。)

    本日ここまで。旅の記録は次回につづく…です。


  • 147月
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    しょっちゅう探し物をしています。

    ♪ 探しものは何ですか? 見つけにくいものですか?
     カバンの中も机の中も 探したけれど見つからないのに♪
    ・・・は「夢の中へ」で、今は「傘がない」。ではなく、傘の袋がない。

    大事なものも含めて、本当に色々なものがなくなるのだけれど、
    何がなくなるのがいやって、折りたたみ傘の袋です。
    どんなに気に入っている傘でも、袋がなくなった瞬間に愛情が薄れます。

    今見つからない日傘のも、お天気続きでいちいち袋に入れるのもなと、
    カバンのここに入れておこうと思い、カバンの中を見ては、
    ここにちゃんとあるぞと、何度か確認した記憶があるのに、ない。

    傘で検索したら出てきた昔の写真は、
    2017年、イタリアでのLucca Comics & Gamesに二度目に出展したときのです。
    「一緒に写真撮って」と言われて撮った写真がSNSにアップされていて、
    それを保存しました。

    探しものは、次の次のものを探しているときに、ひょっこり出てきたりします。
    でも、出てこないことも多いです。

    以上、どうでもいいことでした。

  • 117月
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    思い出してみると、
    30になったときは、大人になったような気がして、
    40になったときは、いよいよ年寄りの仲間入りだと思いました。
    そして50になったときは、とうとう人生の折り返し地点に到達と…。
    自分の人生100年と、それは今も思っていますが、
    終わりのないレースのように思っていた自分の人生にゴールがあるのだと
    気づいたのが50になったときでした。いわば絶望的な気持ち。
    (還暦のときの…は言うまでもない。)

    この間、養成講座の少し後輩と久しぶりに偶然繋がったのですが、
    大学教授となった彼が、教員人生あと3年半だと言うので、
    いやいや私なんてゴールのテープを突き抜けて後ろの方に見えている状態
    と返しました。

    加藤先生はまだ休めませんよ。…これはその後輩の彼。
    たぶん、先生のゴールのテープはないんですよ。…これは別の後輩。
    そんなばかな!・・・でもありがとう。

    そう、私は人生最後の日の前日まで走り続けるのだと思います。
    泳ぐのをやめたら命尽きるマグロだから。
    でも、走る道はコースではなく沿道で、後継たちのレースを横目に、
    爆走したり一休みしたりしながら走り続けるのが理想だなと思っています。

    初代ウルトラマンの年齢は、公式設定で2万歳だそうです。
    そこには遠く及ばないので、持ち時間3分ではまだないのだけれど、
    でも、長持ちさせるためには余裕を持った生き方をした方がいいのだろうと
    思いながら、あくせく走り回る毎日。・・・ううむ。

    (写真は、福島県須賀川市の沿道のあちこちにいたウルトラマン。)

  • 047月

    よそ様の投稿を見て、おお!明日かと気づく。
    で、慌てて島崎先生との11年前の写真をば。

    昨日は、7月生たちの入学式でした。これから始まる留学生活。
    希望とか期待とかって、表情を自然と柔らかくするものですね。

    インターカルトの学生たちに、
    そうしてくださいとお願いしているわけではないのに、
    ふと気づいては、いいなあと思う、自由の中にある規律。

    試験は大事だけれど、
    試験のために留学生たちの日々があるのではないと、
    言い伝えられているわけではないけれど、そういう文化があって、
    それで、つい、大事な試験のこと忘れちゃうんですよね。※私は。
    大事なことは一人一人がちゃんと胸に抱いている・・・のですよ。

  • 027月
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    薄いお知り合いなので、かなり気が引けるのですが、
    先月の日経新聞朝刊「私の履歴書」を毎日欠かさず読んで、です。

    日本ケンタッキー・フライド・チキンの、大河原毅 元社長。
    記事では、アメリカの親会社と日本側の大株主との間で、
    翻弄されながらも、揺るぎない意志をもって決断し行動する姿に、
    何より心打たれました。

    大河原元社長には、Y社元会長のご紹介で会い、2016年の7月、
    なので、今からちょうど10年前に、北海道の八雲町にある、
    元 日本ケンタッキー・フライド・チキンの試験農場だった、
    ハーベスター八雲で開かれた「ふるさと創生シンポジウム」への
    ツアーに参加させていただいた・・・というご縁です。

    自分自身を振り返ると、
    あの、ハーベスター八雲の頃は元気だったなあと改めて思います。
    行く?と聞かれたら、間髪入れずに行きます!と答え、
    今も変わらずではあるけれど、正真正銘の「勢いと勘」で、
    今よりずっと、揺るぎない意志で生きていた気がします。

    毎日毎日、次から次へと目の前に迫りくるものをひたすら乗り越える、
    っていうのは、私の勢いも勘も有効利用されていないなあと思い、
    誰とも口をききたくないくらいに疲れてしまうのは、
    自分の使い道としてもったいないんじゃないかなとも思う今日この頃です。

    大河原元会長の最終回の記事の最後に、「年齢に関係なく挑戦できる」、
    「心から『やろう』と思ったかどうか。それがすべてだ」という、
    カーネル・サンダースのことば。・・・余計な言い訳はするまい。です。


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