• 3110月
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    オランダ語の「ニクセン(Niksen)」という言葉を、この間知りました。
    意味は「あえて何もしないこと」「目的を持たずに時間を過ごすこと」。
    先週末にあった、あるシンポジウムに登壇した先生が言った、
    これだけを強烈に覚えているというのは申し訳ないのですが、
    体力的にも精神的にも、あれこれハードだった最近、
    よけいに心に響いてしまったのかもしれません。

    ただ、そんな毎日の中でも、
    「歴史は無駄ではなかったな」と思うようなこともあって、
    決定的なダメダメでもないのです。

    それはおそらく、数年前の学生が座右の銘だと言った、
     無理だったのかもしれない、
     無茶だったのかもしれない、
     でも無駄じゃなかった。
    という、アニメの登場人物、阿良々木暦のセリフの通り、
    したことで無駄なことはないからだと思います。

    さらに、体力、精神と並べた、ハードだったあれこれ、
    大事な物の紛失と破損は、
    今日、府中の交番と秋葉原の修理のお店でほぼ解決しました。

    ニクセンではないのだけれど、
    ニクセン的生き方だなあと思うのは自分の相方で、上の近影イラスト版の人。
    しなければならないことではなく、したいことで忙しい。
    馬、猫、旅行、乗り物、城、世界遺産、歴史、検定試験、音楽・・・。

    羨ましいけれど、そうなりたいわけではない。
    目的と課題意識をもった人生を送りたい、なんて思っているから、私は疲れる。

  • 2110月


    明日の中川正春先生の叙勲のお祝いのために、
    カルダー淑子先生がアメリカからいらっしゃったので、
    インターカルト椿&加藤との食事会を、新宿のビルの高層階で。
    コロナ中に私たち養成チームが企画した弾丸セミナー群の、
    海外での継承日本語をテーマにした回に出てくださったのがご縁です。


    海外への日本人学生の留学生としての送り出しや、
    海外から日本への外国人留学生の受け入れ。
    その結果がグローバル人材を増やすことにつながる。
    って聞くけど、もっと身近にいるでしょ?グローバル人材。

    外国に暮らす、親の一方が日本人の子どもたちや、
    日本に暮らす、両親か親の一方が外国籍の子どもたちこそ、
    グローバル人材なのよ!そうでしょ?

    カルダー先生にそう言われたのは、何回か前の三人会の時で、
    私たちはまさに目から鱗。ほぉ〜でした。

    なぜ、彼らがグローバル人材と言えるのか。それは、
    複数の文化の間で育まれる異文化理解力と柔軟性、
    生きた「言語能力(バイリンガル・マルチリンガル)」、
    そして、アイデンティティの葛藤から生まれる強さ。

    日本語教育でありがちな、
    彼らを「支援が必要な対象」としてだけ捉えること。
    そうではなく、
    「未来の社会を引っ張る貴重なグローバル人材の卵」
    として捉えることを、私たちはカルダー先生から学びました。

    今日もその話を少しして、
    あとは、今の、これからの日本、どうなる!どうする!と、
    憂い、各々の持論を口角泡を飛ばしながら語り合い、
    日本の、美味しい和洋折衷料理に舌鼓を打ったのでした。

  • 1710月
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    昨日は、甲殻類(こうかくるい)が食べられない人がいるのに、
    カニしか出てこないお店を予約したと聞いて、それだめ!と、
    ・・・急いで別のところを予約してもらうということがありました。
    ということで、写真は代わりに行った鹿児島料理のお店の階段。

    私が嫌いなものと聞かれて言うのは、きゅうりです。理由は青臭さ。
    子どものころは100%だめだったのだけれど、
    今の野菜はきゅうりもトマトも、昔より味が薄くなったから、
    つかり過ぎのぬか漬けはもちろん、かっぱ巻きも食べます。
    この間会った、きゅうり嫌いの人は、
    今も、同じウリ科のスイカもメロンも食べないと言ってましたが。

    要は青臭い匂い、いや、臭い。
    強烈に思い出すのは、昔々、韓国ソウルで一人で行った垢すりです。
    係のアジュマ(おばちゃん)に「イルボンサラム!(日本人)」と
    呼ばれ^^、最後の最後に顔にべちゃーっときゅうりのパック。
    だめなんて、いやなんて言えない雰囲気。というか韓国語で言えない。
    ひたすら口だけで息をした時間でした。

    ところで甲殻類。と言ったら、エビとカニですが、
    ほかにシャコ、そして、ダンゴムシが甲殻類の一覧にいました(~_~;)

  • 1010月
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    写真は野球ですが、スノーボードが好きです。
    スノーボードといっても、するのが好きなのではもちろんなく、
    見るのがとも、おそらく違って、
    スノーボードをしている人、というか、している子たちが好き、です。

    「日本のスノーボード界およびアクションスポーツ界において
    「歴史を変えた生けるレジェンドであり、パイオニア」と
    平野歩夢選手を称した朝日新聞が書いた記事を見つけましたが、
    彼、そしてその後の10代の子たちのインタビューを見るたびに、
    「ものすごくいいなぁ」と思ったのが、スノーボード好きの原点です。

    いいなぁ…は、彼ら彼女らが境界線を持っていない、それに尽きます。
    ここでの境界線は、地球上の境界線です。
    オリンピックだったか世界大会だったかで、とてもいい演技をした
    選手について、インタビュアーが、スノーボーダー女子選手たちに、
    「今の選手はどこの国?」と聞いたのに対して、
    顔を見合わせて「えー?わからない」「でも、ものすごいの」と。
    そしてその後、滑り終えた子と、わあわあとハグ。
    そのとき、この子たち自身も日の丸を背負っていないし、どこの国かなんて
    問題じゃないんだと思ったのが、ものすごくいいなぁに繋がります。

    古来からの日本だけしか見ていないと気づきにくいけれど、
    そもそも多様が当たり前の今の世の中。出身とか国籍とか一言では言えない。
    そのことを、私が思うには、スポーツ選手をはじめとする人たちが、
    日本の私たちに気づかせ始めている今だと思うのです。

    この間の、インターカルトの10月期生の入学式で、
    私たちの式では、新入生全員が一人一人挨拶するのが恒例なんですが、
    ヨーロッパ男子が「趣味はサッカー」と言って席に戻った後、
    同じようにサッカーと言った一人一人に、後で連絡先を交換しようと、
    スマホを操作するジェスチャー付きで声をかけているのを見ました。
    声かけの相手に、出身、国籍の区別はもちろんなし。

    自分はあんまり縁がないのだけれど、
    スポーツって素晴らしいなと改めて思った、今年の秋の始まりです。

  • 0310月
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    今している本の読み方。
    読んで、感じて、選んで、引いて、振り返り、記録する読書。
    読んで、感じて、選ぶのは気になった言葉や心に刺さった内容、
    引くのは線。紙の本ではないので、
    画面を指でぐっと押さえて、その部分にハイライトをつける。
    一章ごとにそれを読み返して振り返る。そしてAIが整理して記録。

    インターカルトの後、大学、大学院と進み、仕事もしているので、
    卒業したのは10年近く前だと思うマレーシアの卒業生男子に
    勧められた、本(もちろん日本語の!)と、本の読み方。
    彼は紙の本だというのでノートに書き出しているみたいですが。
    彼とは、最近何度か二人で食事をする機会があり、その時にです。
    まず、教師冥利に尽きるという、最近の嬉しいできごと。
    男ともだち、ですかね。

    今日美容院で読んだ『家庭画報』、五木寛之の連載「こころのレシピ」に、
    男ともだち、女ともだちの関係が成立するのは、尊敬と共感の感情が必要。
    その条件は、仕事であれ、性格であれ、自分にないものをもっていること。
    年齢差は気にしない。恋人ではないから隠れてこそこそする必要もない。
    同性の友人も貴重なものだけれども、男女の枠を超えた友だちは、
    それにもまして貴重な存在といえるのではないかと。

    昨日は、小学校のときの同級生たちと四人での食事でした。
    関東在住の二人と、関西からの一人、皆さん男子で、
    5年生のときに転校して行った関西男子とは、半世紀以上ぶりの再会だった
    去年に続いての今年。
    前回もそうだったけれど、会って話して別れた後の心豊かになった感覚は、
    まさに五木寛之氏の定義そのままなのだと思ったという、そんな話です。

  • 0110月


    この世界にいると、よく耳にする「居場所」。
    「外国人学生にとっての居場所」「地域日本語教室を居場所に」と、
    ごく自然に言うけれど、そもそも「居場所」って何だろうと、
    今日もその言葉を聞いたので、帰りの電車の中で考えました。

    居場所は、誰かが誰かに提供するものではなく、
    その本人が「ここでは自分でいられる」と感じることができる場所が
    居場所なんじゃないか、というのが本日の結論です。

    学校だったら、学校側が学生に居場所を作るのではなく、
    学生を主語として、学生がここを自分の居場所だと思える学校。

    写真は、1988年の3月まであったインターカルトの目白校です。
    学校名の右側に、赤い字で「日本文化塾」とあります。
    日本語の学校名はIntercultural(異文化の)の一部、Intercultからで、
    英語名は、Intercultural Institute of Japanです。

    私にとっては、
    養成を修了して非常勤教師となって初めての教師会があった校舎です。
    元は旅館だった建物で、、教室には「楓の間」「藤の間」などがあり、
    そこに様々な国籍の学生が通っていました。

    創設者の故 山内理事長が、
    ここを学生の居場所にしたいと考えたかどうかはわかりませんが、
    何はともあれ、日本文化塾から始まったインターカルト日本語学校は、
    来年、創立50周年です。

    【追記】
    5年前に、10月1日というタイトルの文章を書いていました。
    そうでした。今日は私がインターカルトを任された日。今日は26周年。

  • 279月
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    今日は、都内で母と妹と会って、
    (私の家も東京都だけれど23区ではないのでそんな感覚)
    久しぶりに神保町経由で帰ってきました。

    神保町駅の壁画は本棚のデザインです。
    さすが神保町。神保町といえば、古書街、本屋の街。
    夏目漱石や芥川龍之介も通っていたのですよね。
    この、茶色、青、墨色、白の背表紙のランダムな並びが、
    明治時代から今までを、穏やかに繋いでいるように思えます。

    こういうのも主張ですよね。。もしくは、個性。

    私の学校の最寄駅と、その一つ手前の駅は、残念なことに、
    駅名もホームもそっくりで、延々階段をのぼって上まで行って、
    そこでようやく、間違えて降りたことに気づきます。
    それは、主張がなく、個性もないからなのでしょう・・・ね。

    主張も個性も、あって然るべき。

    なのだけれど、
    その出しどころ、難しいなと思わされることが少なからず××。
    出る杭は打たれる。いや、私の場合は、出過ぎた杭は打たれない。
    と言われたことがあるのだけれど、それはそれで。
    (あまり知らない人にはお行儀よく見えるかもしれませんが。)

    神保町駅の背表紙のタイルのように、
    ぴしっときれいに収まらない。収まりたくないと思いながらも、
    神保町駅が醸し出すような穏やかさは持ち続けたい。
    いや、持たなければと思いながら、今年の四分の三が、嗚呼終わる。

  • 239月

    羽田上空をうろうろして、名古屋に行って羽田に戻ってきた、
    なんていう私の台風被害はまったくどうでもよく、
    今まだ、ついこの間の被害とその残務が残っているところに、
    またしても直撃、大被害…に言葉もありません。


    「台風一過」」という言葉が、無責任で嫌いです。
    大きな爪痕を残しながら、行ったぞ、晴れたぞ、青空きたぞって。

    「台風」で myフォルダを検索したら出てきた学校近くの医院(跡)。
    玄関の上に「××醫院」(醫は医の旧字体)とあります。
    斜めの電柱は何を支えているのか。
    そもそもなぜこれが「台風」という検索で引っかかったのでしょう。

    ところで、「台風」は英語の「typhoon」(タイフーン)が語源?
    元々の中国語は「颱風」(タイフォン)です。
    偶然てとてもおもしろくて、台湾に行く前から読み始めた小説に、
    さっき、それに答えるような件(くだり)が出てきてびっくりしました。

    颱=大きい、風=風なのだから、中国語としてちゃんと意味がある。
    だから、中国で生まれた言葉だという主張。
    それに対して、外国から入ってきた音に、中国語で意味の通る漢字を
    当てることだってある。だから外来語かもしれないという主張。

    このお話の主旨は、中国固有語か外来語かの二者択一ではなく、
    言葉は国境できれいに分かれて存在するのではなく、
    人間の移動、交易、征服、探検などによって移動する。
    つまり、一つの言葉の中に人類の接触の歴史が残っている。
    ・・・という深い話です。

    9月15日の日経新聞朝刊の一面に、
    「高度人材の来日、昨秋から減少 AI余波、審査も厳しく」
    という見出しの記事があり、ああ、そう繋がるのかと思いました。
    記事には「AIの普及によって、ITや通訳・翻訳の求人自体が減ったと
    みられる」とあります。つまりこれらの業務がAIに代替可能になる。

    うーむ。
    深い話になると人間が必要なのではないか。
    でも、ただの通訳家・翻訳家ではダメなのではないか。
    では、人間には本当にそれができるのか。
    むしろ、AIの方が様々な背景から優れた翻訳ができるのではないか。

    そもそも、翻訳とは何なのか。
    たった一つではない意味を持つ言葉から、
    また違う、一つではない意味を持つ言葉に変換する時に人が介在する。
    その介在する翻訳者がそれぞれ、その人固有の文化を持っている。
    そうすると、そこで翻訳される言葉は違うものに当然なり得るのです。
    正しいとか、間違っているとかではなく。

    以上。
    こんなことを考え、新たに何かを知り、思いを巡らしながら、
    余りある残りの人生をのんびり過ごすのもいいかもしれないなぁと、
    シルバーウィーク最終日。しょぼ降る雨の音を聞きながら。

  • 219月
    Categories: 海外, 雑感 Comments: 0

    勝手によく思うだけなんですけど、たとえば北京ダックのダック、
    このダックはこんな風になるのを望んでいたのだろうかと。
    買ったシラスがうまくパックから器に移せなくて、
    一匹二匹、水道の水でジャーっと流されてしまう姿などにも。

    今朝のホテルの食事でのデザート。上のパッションフルーツは、
    日本ではそう簡単にはこんな感じでは食べられないので、
    一生懸命食べます。


    日本にお嫁に来た人が、「あなたの国にもこんなのがある?」と、
    りんごなんかを指さして聞かれて悲しくなることがある。
    というような話を耳にすると、なんとも言えない気持ちになり、
    海外で日本にはない果物を見ると、いつもこの話を思い出します。

    台北での日本留学フェアは、無事終わりました。
    世の中の変化に伴って、留学を呼びかける形も変わるのだろうと、
    最近よく思います。
    そもそも、留学の意義も語学を学ぶ意味も。ですね。


    ところで、そんなことを言っている場合ではないのです。
    台風25号のために、日本に帰る便が飛ぶかどうかわからないのです。
    昨日のフェア会場では、いつ帰るんですか?どこの航空会社の?が、
    専らの話題でした。
    で、結局は皆(私も)、自分のが飛ぶか飛ばないかなのでした。

    私のは今朝、欠航ではなく、機体が大きくなったというメールが。
    ということは、皆々を乗せて行く気満々なんだろうなと期待して、
    あと少しで空港に向かうところです。

  • 189月

    毎年、大晦日にカウントダウンの花火が上がる台北101。
    普段は曜日によって、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫のライトアップ。
    今日は金曜日なので、青でした。
    今朝、4時半起きで台北まで飛んできて、この近くに泊まっています。

    空港から直行で行った台湾事務所の入口に、新しい貼りもの!?が。
    招き猫の胸の「招福」と「金運」。正しい。

    これは、今の前の前の前の台湾事務所。
    入口を入ったところに、大量の招き猫がいました。

    夜。昔昔からのお付き合いの人たちとフェアの前夜祭を歩道で!
    私は、おわかりのように右手前なんですが、
    寝不足で目が引っ込んでしまっているため、皆さん共々顔隠し。
    こんなの書いていないで、早く寝なさい!ですよね。

    大晦日の台北101だけでなく、人間の我らも、
    美しき幕引きのためのカウントダウンが話題になります。
    いろんな事例の中に、思いもかけない重い終止符の話もあって、
    なんとも言えぬ切ない気持ちになったりもしています。

    明日からの留学フェアは、101の手前の世界貿易センターで。
    日本全国からの大学、専門学校、日本語学校が集まって、
    皆様のお越しをお待ちしております。