• 1010月
    Categories: 雑感 Comments: 0

    写真は野球ですが、スノーボードが好きです。
    スノーボードといっても、するのが好きなのではもちろんなく、
    見るのがとも、おそらく違って、
    スノーボードをしている人、というか、している子たちが好き、です。

    「日本のスノーボード界およびアクションスポーツ界において
    「歴史を変えた生けるレジェンドであり、パイオニア」と
    平野歩夢選手を称した朝日新聞が書いた記事を見つけましたが、
    彼、そしてその後の10代の子たちのインタビューを見るたびに、
    「ものすごくいいなぁ」と思ったのが、スノーボード好きの原点です。

    いいなぁ…は、彼ら彼女らが境界線を持っていない、それに尽きます。
    ここでの境界線は、地球上の境界線です。
    オリンピックだったか世界大会だったかで、とてもいい演技をした
    選手について、インタビュアーが、スノーボーダー女子選手たちに、
    「今の選手はどこの国?」と聞いたのに対して、
    顔を見合わせて「えー?わからない」「でも、ものすごいの」と。
    そしてその後、滑り終えた子と、わあわあとハグ。
    そのとき、この子たち自身も日の丸を背負っていないし、どこの国かなんて
    問題じゃないんだと思ったのが、ものすごくいいなぁに繋がります。

    古来からの日本だけしか見ていないと気づきにくいけれど、
    そもそも多様が当たり前の今の世の中。出身とか国籍とか一言では言えない。
    そのことを、私が思うには、スポーツ選手をはじめとする人たちが、
    日本の私たちに気づかせ始めている今だと思うのです。

    この間の、インターカルトの10月期生の入学式で、
    私たちの式では、新入生全員が一人一人挨拶するのが恒例なんですが、
    ヨーロッパ男子が「趣味はサッカー」と言って席に戻った後、
    同じようにサッカーと言った一人一人に、後で連絡先を交換しようと、
    スマホを操作するジェスチャー付きで声をかけているのを見ました。
    声かけの相手に、出身、国籍の区別はもちろんなし。

    自分はあんまり縁がないのだけれど、
    スポーツって素晴らしいなと改めて思った、今年の秋の始まりです。

  • 0310月
    Categories: 雑感 Comments: 0


    今している本の読み方。
    読んで、感じて、選んで、引いて、振り返り、記録する読書。
    読んで、感じて、選ぶのは気になった言葉や心に刺さった内容、
    引くのは線。紙の本ではないので、
    画面を指でぐっと押さえて、その部分にハイライトをつける。
    一章ごとにそれを読み返して振り返る。そしてAIが整理して記録。

    インターカルトの後、大学、大学院と進み、仕事もしているので、
    卒業したのは10年近く前だと思うマレーシアの卒業生男子に
    勧められた、本(もちろん日本語の!)と、本の読み方。
    彼は紙の本だというのでノートに書き出しているみたいですが。
    彼とは、最近何度か二人で食事をする機会があり、その時にです。
    まず、教師冥利に尽きるという、最近の嬉しいできごと。
    男ともだち、ですかね。

    今日美容院で読んだ『家庭画報』、五木寛之の連載「こころのレシピ」に、
    男ともだち、女ともだちの関係が成立するのは、尊敬と共感の感情が必要。
    その条件は、仕事であれ、性格であれ、自分にないものをもっていること。
    年齢差は気にしない。恋人ではないから隠れてこそこそする必要もない。
    同性の友人も貴重なものだけれども、男女の枠を超えた友だちは、
    それにもまして貴重な存在といえるのではないかと。

    昨日は、小学校のときの同級生たちと四人での食事でした。
    関東在住の二人と、関西からの一人、皆さん男子で、
    5年生のときに転校して行った関西男子とは、半世紀以上ぶりの再会だった
    去年に続いての今年。
    前回もそうだったけれど、会って話して別れた後の心豊かになった感覚は、
    まさに五木寛之氏の定義そのままなのだと思ったという、そんな話です。

  • 0110月


    この世界にいると、よく耳にする「居場所」。
    「外国人学生にとっての居場所」「地域日本語教室を居場所に」と、
    ごく自然に言うけれど、そもそも「居場所」って何だろうと、
    今日もその言葉を聞いたので、帰りの電車の中で考えました。

    居場所は、誰かが誰かに提供するものではなく、
    その本人が「ここでは自分でいられる」と感じることができる場所が
    居場所なんじゃないか、というのが本日の結論です。

    学校だったら、学校側が学生に居場所を作るのではなく、
    学生を主語として、学生がここを自分の居場所だと思える学校。

    写真は、1988年の3月まであったインターカルトの目白校です。
    学校名の右側に、赤い字で「日本文化塾」とあります。
    日本語の学校名はIntercultural(異文化の)の一部、Intercultからで、
    英語名は、Intercultural Institute of Japanです。

    私にとっては、
    養成を修了して非常勤教師となって初めての教師会があった校舎です。
    元は旅館だった建物で、、教室には「楓の間」「藤の間」などがあり、
    そこに様々な国籍の学生が通っていました。

    創設者の故 山内理事長が、
    ここを学生の居場所にしたいと考えたかどうかはわかりませんが、
    何はともあれ、日本文化塾から始まったインターカルト日本語学校は、
    来年、創立50周年です。

    【追記】
    5年前に、10月1日というタイトルの文章を書いていました。
    そうでした。今日は私がインターカルトを任された日。今日は26周年。