
梅を見たら、白でも紅でも、条件反射のようにこれが浮かびます。
恐るべし高校の古文の授業。栃木(市)訛りの女の先生、怖かった。
この白梅と紅梅は妹の家の庭というか、山のです。
花粉、舞ってますね。
花粉症、それなりにひどいんですが、毎月通っている鍼灸院で、
一昨日の土曜日、両目の脇に、鍼(はり)とお灸をしてもらったら、
皮膚はかゆいけれど、目がかゆくない。恐るべし東洋 / 漢方医学。

古墳の時代にもお相撲さんがいたんですね。
しかも、太っていてまわしをしていて、今のそのまま。
(写真は、先日書いた九州でのはにわ展に行った人からの。)
お相撲といえば、中学生の頃は、北の湖と輪島の時代で、
私は東西の横綱から一番下の前頭何枚目というところまで、
力士の名前を、ほぼ全部空で言えました。
今、ネットで検索して昭和51年初場所の星取表を見たら、
北の湖、輪島、三重ノ海、貴乃花、旭國、魁傑、高見山、
若三杉、富士櫻、金城、麒麟児、豊山、荒勢、長谷川、金剛、
青葉山、黒姫山、大鷲、青葉城、鷲羽山、栃東、増位山、大受、
・・・なんと!全員の顔を思い出せるではないですか!
私は、誰よりも魁傑(かいけつ)が好きでした。
私史上⁉︎⁉︎ 初のファンレター。阿佐ヶ谷にあった花籠部屋に。
すべては、今は昔のことー。

つば九郎(の担当者)逝去というニュース。(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
私愛用の巾着です。
年に数回、神宮に行くので、その度にいろいろ。

これどこだっけと思ったら、そのすぐ隣に下の写真があったので、
ミャンマーだとわかりました。

日本の外食関係の協会の皆さんと行った視察。
さまざまな成り行きから、私はツアーコンダクターみたいな、
アテンド係として同行しました。
大学の日本語学科での授業見学のアレンジなんかもしたのでした。
実はミャンマーだけでなく、インドネシアにもマレーシアにも。
わずか10年前、私は一体何者だったのか。たぶん、行動の人。
わずか10年前は、外食の方たちだけでなく、
あらゆる日本の企業たちが、ミャンマーを新たな市場として
視察に訪れ、熱い視線であちこち見てまわっていました。
(大学の黒板に日本の企業名がびっしり書いてありました。)
ミャンマー。
今は、どうかどうか、だけです。またこんな風に行ける日を信じて。
夕日はきっと、冒頭の写真のままのはず。
そんな時代もあったねと いつか話せる日がくるわ♪
アメリカのオースティンで開催の、
サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)。
名古屋のセミオシス、都築さん、久我さん、菅波さんと
一緒に行った2017年。あれからもう8年!?!?
インターカルトに新設したIT部門、何て名前にしようかと
都築さんに聞いたら、EdTechセンターがいいと言われ、
そうか、これからはEdTechだ!と思った数年後に、
セミオシスのFingerBoardと一緒に行ったSXSWでした。
まわるまわるよ時代はまわる♪
あれから8年、そのうち約3年はコロナでのロスタイム。
否応なしの非対面のおかげで、一見EdTechと思われた進化。
しかし、コロナ明けたら、ああ良かったという雰囲気蔓延。
そうこうするうちに、AIだなんだかんだで、
私たち一般人にとっては、想定外の展開。
さてどうする!と焦る気持ちはあるのだけれど、
なんだかんだで、にっちもさっちもどうにもの毎日。
ブルドッグじゃないです。にっちもさっちも♪
SXSWに連れて行ってくれたセミオシスの皆さんには、
稀有な経験をありがとう! ほんとにほんとに。