• 1312月

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    あっという間の12月、いよいよトナカイの登場。
    イースターのウサギと並んでしまっている、うちの下駄箱です。
    イースターって、確か4月でしたよね。
    ウサギもトナカイも、ヒューストンのTomokoさんからの頂き物、
    とってもお気に入りで、思わず出しっ放し。…じゃないか。

    で、書いてしまってからナンですが、下駄箱って今も言いますか?
    下駄箱で検索したら、シューズボックスって出てきました。
    確かに下駄ではなく靴を入れてるけど、シューズボックスって
    とっても違和感、と思いながら、そういえば昇降口は?と。

    それも調べてみたら、なんだか若い人には通じないらしい。
    昇降口、校舎などの出入り口で、上履きと靴を履き替えるところと
    辞書にはあったけれど、今、もしかしたら履き替えないのかな。

    昔々、小学生のとき、学校の床をまず濡れ雑巾、次はから拭き、
    顔が映るくらいぴかぴかに磨きなさいと言われて、
    本当にそれくらい一生懸命、学校の掃除をしていました。
    今、掃除って誰がするの? 子どもがするとしても雑巾で??

    母校の柳原小学校、
    今は史跡足利学校として整備されたところにあった東小学校と
    統合されて、けやき小学校に。足利市は来年、市制100周年らしい。

  • 0912月

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    今日の健康診断、
    私のメニューに肺活量の検査はなかったのですが、
    その該当の人たちに、今のこのコロナの状況から云々、
    なのでキャンセルしていただくことできますか云々と、
    スタッフの人が一人一人に了承をとっていました。
    唾(つば)、飛び散りますもんね。

    言葉は生きている。
    新しい言葉がどんどん生まれる一方、消えていく言葉も。

    「口角泡を飛ばす」はどうなるのだろうかと。
    「こうかくあわをとばす」とは(念のため)、
    →口の左右の端から唾液の泡を飛ばさんばかりに口を動かして、
    激しく喋りまくったり、議論したりすることの形容。

    人の唾が顔にかかるの、ほんとに嫌なんですが、
    そんな場面がこの世の中からなくなってしまうとしたら、
    それは寂しい。

    ところで、
    この葉っぱが立派な大根は、学校に行く途中の八百屋さんの。
    大根の葉を炒めたのがものすごく好きなので、ほしいのだけれど、
    買って、1時間40分かけて家に持ち帰るっていうのはさすがに…、
    という、毎年、ほんとに残念な大根の葉っぱです。

  • 2911月

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    ゾウは大きいです。
    ネズミは小さいです。
    ・・・って言えますか?と聞かれたとき、
    ん?何聞かれてるの?って思いました。

    ゾウは大きい? でも、恐竜よりは小さい。おそらく。
    ネズミは小さい? でも、バッタより大きい。
    ・・・って、そういうことで、
    ただネズミの絵や写真を見せて、
    「ネズミは小さいです」と言って「小さい」を教えるの、
    それ違うでしょ、ということでした。

    なるほど!と、こういうことから始まった私の今。
    日本語教師は多文化共生社会の要、
    と最近はそんな主張をたくさんしているんですが、
    日本語教師の魅力はまず、言葉のおもしろさとの共生、
    と思っていると、一応ここで言っておこうかなと。

    Aウディさん、Bウさん、登場いただきすみません。

  • 129月

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    私が日本語の先生になりたいと思ったのは、
    国際交流をしたいとか、外国に行きたいとかではなく、
    純粋に日本語が好きだったからです。

    コロコロとゴロゴロ、転がってくるものの重さや大きさが違う。
    ハラハラは花びら、パラパラは小粒の雨、バラバラは小石とか?
    濁音になるとそれだけ強調の度合いが強くなるらしい、
    というようなこと、などなどに養成講座時代に気づかされ、
    本当にもう毎日が楽しくて嬉しかった。今は昔。

    ここのところ、「あづい」「いだい」「ゔー」で疲れ気味。
    炎天下でマスクして連発した「あづい」だけは、
    少し落ち着いたような今日の陽気でほっとしています。

    昨日は、日振協の文化庁事業「主任教員研修」の講座担当でした。
    会場の品川のお店で食べたサラダランチです、写真は。

  • 167月

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    go to where…?!?!
    私たちは一体どこに向かっているのか。

    コロナの感染が、再び拡大の様相を呈し始めている中、
    日常、と言っても元のではない、新たな日常を手に入れるべく、
    あっちこっちとの繋がりを取り戻し始めたスケジュール表は、
    元のそれのように隙間がほとんどなくなり、
    だから、一つ終えて考える間なく次への連続。これ良くない。

    He/She is my go-to person.
    彼/彼女は頼りになる人だ。
    go-toは、頼りになるとか、間違いないという意味。らしい。
    それぞれの立場のgo-to personで布陣を固められたら、
    ・・・それですね。
    とりあえず私は今日も、やる気満々の役回りで^^;

    世間のGoToキャンペーンは、
    それは、それぞれ自分の脳味噌で考えましょう。
    人の脳味噌に従って生きる、なんて、つまらないでしょ。
    でも、それが楽だとか、それしかない人も、いるのかな。。

  • 211月
    Categories: ことば Comments: 0

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    留学生の論文指導をしている方とやり取りしていて、
    突然、『言葉とは何か』(丸山圭三郎)という、
    去年買ったままの本があったなと思い出したので、
    今朝かばんに入れて行き、電車の中で第一章を読みました。

    アジアの学生と日本の学生たちが、それぞれの国の
    ポップスや民謡を翻訳し合ったという話がありました。
    その翻訳作業が困難を極めたという話です。
    大変だったのは文法などではなく、
    文化そのものの違いだったそうです。

    (引用)——
    たとえば、かぐや姫が歌ってヒットした「神田川」を
    マレー語に訳したマレーシアの留学生には、
    まず「風呂屋」という語が翻訳不能だったし、
    「同棲」は母国では恥ずべき行為。
    まして「洗い髪が芯まで冷え、小さな石鹸がカタカタ鳴る」
    まで待たされた女が、
    「あなたのやさしさが怖かった」などと言うその心情は、
    マレーシア人には到底理解できなかったと言っています。
    ——

    日本語を教えるということも、昨今の自動翻訳機も、
    冒頭の論文を書いている留学生も、
    問題や課題は、つまりこういうことかな、と思った、
    第一章でした。
    ことばと文化は切り離せない。でもイコールではない。

    写真は昨日、代々木のオリンピック記念青少年センターの
    窓から見えた、赤い夕日と遠くの富士山。
    ことばと文化です、今の興味とテーマは。

  • 191月

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    今日は日曜日なのに、11,448歩も歩き、頭も少し使いました。
    帰って来てから昼寝も2時間ほど。

    駅でドカンと目に入ってきた広告。「へんげ」。
    調べたら、今年、社名を変更したIT企業らしいです。

    「変化(へんげ)」とは、人や動物、あるいは神仏が、
    本来の姿を変えて現れること。
    七変化(しちへんげ)の「へんげ」ですね。
    ヤマトナデシコ七変化♬ の「へんげ」。(小泉今日子の…)

    変化(へんか)とは違う。
    この大きな広告を見上げて、変化(へんげ)の意味を再認識して、
    自分の変化(へんげ)願望も再認識した、本日日曜日。
    七とは言わない、とりあえず一変化でも。

  • 3012月

    他の国のことばではそのニュアンスを
    うまく表現できない「翻訳できないことば」たち。

    たとえば、
    IKTSUARPOK(イクトゥアルポク:イヌイット語)は、
    だれか来ているのではないかと期待して、
    何度も何度も外に出て見てみること。…だそうです。

    SAUDADE(サウダージ:ポルトガル語)は、
    心の中になんとなくずっと持ち続けている、
    存在しないものへの渇望や、
    または、愛し失った人やものへの郷愁。…だそうです。

    BOKETTO(ボケット:日本語)は、
    なにも特別なことを考えずに、
    ぼんやりと遠くを見ているときの気持ち。…ですね。

    などなどが、きれいな絵とともに。

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    どうして二冊あるかというと、
    これを私に貸してくださった人がいて、読んでみたら、
    返すのが惜しくなり、自分用に買ったからです。
    年が明けたらお返しします。と、この間連絡しました。

    今年はほんとに色々なことがありました。

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    以下、楽しい版。

    KARELU(カレル:トゥル語)
    肌についた、締めつけるもののあと。
    (靴下のゴムのあととか?)

    MURR-MA(ムルマ:ワギマン語)
    足だけを使って、水の中で何かを探すこと。
    (プールの中に落とした…なんだろ?)

    COTISUELTO(コティスエルト:カリブ・スペイン語)
    シャツの裾を絶対ズボンの中に入れようとしない男。

    良いお年を!

  • 128月

    最近、日経新聞でチェックしているのが、阿辻哲次の「遊遊漢字学」。
    漢字にまつわる様々な話題が、とても楽しいです。

    先月読んだ記事が中国語の簡体字の話題で、それを読んで、
    6年くらい前に、1年半だけ中国語を習ったことを思い出しました。
    阿辻さんの記事にあった、空港を「机场」と書くということを知らなくて、
    (勝手に)ちょっと怖い思いをしたことがきっかけの一つ。
    もう一つ、どうしても台湾の人たちに直接、自分の言葉で気持ちを
    伝えたいと思うことがあり、スピーチができるようになるために。

    というわけで、中国大陸と台湾と、両方の言葉を習いたかったので、
    文字は簡体字で、発音は台湾式でお願いしますと言って入学しました。

    だから何が言いたくて書き始めたんだっけ。

    同じ漢字で書いても意味が違うということでした。ずれました。
    そうそう、「八方美人」という言葉、
    日本では誰にでもいい顔をするというマイナスイメージの言葉だけれど、
    韓国語で「팔방미인」(八方美人)と言ったら褒め言葉。
    多方面にわたって才能のある人という意味だったなと考えながら、
    ああ、自分は典型的な日本人だなと思ったという話。

    さらに最近は老害も加わった気がして、どうしたものかと。

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    アプリの発達で、最近あまり見かけなくなった時刻表。
    先週、大阪行きの新幹線の中で車内誌のページにあるのを見ました。
    なんだかとても懐かしく。

    どこか遠くに行きたいなあと。
    でも、夏休みはすることがたくさんあってどこにも行かず行けず。

    あはは。
    目はどうして前についているか。自分に言い聞かせなければ。
    簡体字は結構わかるようになりました。
    台湾でのスピーチは5年前に一応なんとかいたしました。

  • 1211月
    Categories: ことば Comments: 0

    この間の金沢で、いずれ恩師となる先生に紹介していただいた本。
    『翻訳できない世界のことば』エラ・フランシス・サンダース著。
    以下は、訳者の前田まゆみさんによる「はじめに」の一部です。
    ……………
    いま、わたしたちの世界は緊密につながり合っていて、
    じぶんの気持ちや、毎日がすばらしかったりつまらなかったり、
    といったことを伝える手段をいろいろ持っています。
    でも、コミュニケーションのスピードや頻度の高さは
    つねに誤解をうむ余地にもなり、
    わたしたちは今までになく、翻訳のなかで迷子になっています。
    頻繁にすばやくコミュニケーションをすることはできても、
    言葉の解釈や、そこにこめられた感情や要望などの
    理解のギャップをうめることは、そう簡単にはできないのです。
    ……………

    “ひとことでは訳せない、世界のユニークな単語たち”が計51個。
    たとえば「ポーレッグpalegg(aの上に⚪︎あり)」ノルウェー語。
    「パンにのせて食べるもの、何でも全部」を意味するそうです。
    じゃあ、同じくこの間の金沢で会ったご夫妻からいただいた、
    能登半島大脇昆布製の「トーストにかけて食べるこんぶ」も
    ノルウェーではポーレッグなのだなと。

    インドの西南部地方の言語、トゥル語の「カレル」は、
    「肌についた、締めつけるもののあと」、
    たとえば、ちょっときつい腕時計とか小さめの靴下のあとなど。

    これを読んで、我が故郷で言う「たごまる」を思い出しました。
    セーターの下に着ているシャツがずり上がって、腕のところで
    ぐしゃぐしゃっとまとまっている状態、「たごまってる」。

    一昨日の文化庁の委託事業、
    「「生活者としての外国人」のため日本語教師初任者研修」の
    初日の第一発目の私の講座中にこれを突然思い出して緊急脱線、
    この「たごまる」の話を“私の故郷 足利”の言葉としてしたら、
    「私のとこ岩手でも言いますよ!」と目の前の受講生の一人が。

    実家の家族や地元の友だちにしか通じないと思っていた感覚を、
    この岩手の人と共有できた!という感動。
    急いで調べたら、北海道弁、仙台弁、茨城弁と、出てくる出てくる。
    そうなのだぁ。日々是発見。

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    というように、土曜日の午前中は文化庁の講座(写真左下)を、
    目の前の受講生とWEBで参加している受講生両方に向けて。
    午後は香港に向けてのオンライン説明会を若者たちと(写真右上)。
    便利な世の中になりましたね。と書きながら、
    冒頭に引用した前田まゆみさんのことばがチラリと頭をよぎる。

    さらに、日曜日はAEONでのボランティア通訳ガイド養成講座で、
    十八番の異文化理解講座「外国人の「なぜ?」」。
    駅でユンケル黄帝液をぐびぐび飲んで臨みましたが^^
    反応のいい皆さんと、楽しく元気になれたひと時でした。

    ことばのあれこれを考えること、とても好きなので、
    この仕事やめられないなと思います。
    翻訳できない日本語を伝え、理解してもらうのも先生の仕事ですね。
    私はといえば、最近はもっぱら、
    日本を背負って「べき論」言うのが仕事のようになってますけど^^;