• 049月

    タイの余韻に浸る間もなく、なのか、
    出張の疲れを癒す間もなく、なのか、なんであれ、
    帰国翌日から、オリンピック記念青少年総合センターで、
    日振協の文科省委託事業、主任教員研修。

    全国の日本語学校の主任教員百数十人のうちの、
    半分の皆さんが、東京で二泊三日。


    ネット、と言っても、日振協のFBからの「私」の拾い画像^^
    下の写真は、タイのホテルの部屋からした初日の私のセッションでの
    「主任教員として、明日から「一つ」何を始めますか」という質問に、
    自由に書いてもらった答えを分類した結果のグラフです。

    圧倒的に多かったのが、コミュニケーション、対話、共有、連携。
    その相手は、非常勤を含む教員、他部署、運営側、
    それらが繰り返し挙がっていました。

    上の写真、主任教員研修初日の夜7時からは、
    同じく日振協の文科省委託事業の、しゅにん、ではなく、しょにん、
    初任研修のオリエンテーションで、こちらも百数十名が画面上に。
    皆さん学びますねー。

    明日の土曜日は主任の三日目ですが、インターカルトの文科省委託事業、
    「「生活者としての外国人」に対する日本語教師【初任】研修」で、
    「求められる資質・能力」というセッション担当です。
    あちこちの資料を作りながら、文科省オンパレードの頭混乱。

    で、来週は、日振協の主任教員の残りの半分の皆さんの研修が大阪で。
    ・・・行きます。

    タイに行く前に撮ったMRIの結果は、右膝内側の靭帯損傷。
    野球選手みたいですよね。でも運動していません。
    「軽症」というのが何よりだけれど、
    一刀両断の「加齢」で済まされなかったのも何よりでした。

  • 308月
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    タイでの大きな一つが終わりました。
    一つ、一つ、終わって残るものは何なのかなと、
    早く寝たらいいのに、普段だったら即刻寝落ちするはずなのに、
    薄ぼんやりと色々考えながら、ホテルの部屋のソファに
    座るでも横になるでもなくしながら今年の8月の最終を迎えます。

    会場の一角のエリアのあちこちでの各校の皆さんとの立ち話、
    集まって一緒に撮った写真、そこで気づいた当たり前の連帯感。
    競合関係を超えたその絆の先に、よき未来があります。きっと。

    ブースの手伝いをしてくれた卒業生たちとのお疲れ様。
    在籍中にはほとんど接点がなかった元学生たちと、
    和気藹々と喋って食べてができるのは、
    同じ釜の飯を食っちゃあいないけれど、食ったような仲だから。

    「日本語教師になる。世界が変わる。」
    今回のフェアの最中に、在タイの方々に向けて話す機会があり、
    そういう話をしました。
    日本語教育に関わったからこそ出会えた人、生きてきた世界。

    大きな一つが終わって残るのは、自分自身なのだと思います。

  • 288月
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    今年もバンコクでの日本博に参加しています。
    今回のテーマは「もっともっと」だということで、
    自分の、もっともっとは何だろうなぁと思いながら、会場、
    クイーン・シリキットナショナルコンベンションセンターへ。


    今回の出張はこの二人、椿先生と春山さんと。
    木曜日に着いたスワンナプーム国際空港からホテルまでの、
    ブレーキの踏み方がなってないドライバーが操るタクシーで
    二人と私と計三人、車酔いで吐く寸前を経験しつつも、一夜明け、
    見事に復活して、二人は朝から、私は日振協の主任研修初日を
    ホテルでしてから、新しく作ったTシャツ着て頑張りました。


    前列、卒業生のナットさん、ヤヤさん、そしてトールさん。
    彼らなくしてブースは成り立たない、…のはどこも同じですね。
    三日間の長丁場、よろしくお願いします!


    美味しいね、美味しいねのタイ料理ですが、
    ことに、このカオニャオ・マムアンは昨日も今日も。
    ああ、これは、もっともっと。

    で、私のもっともっとは何なんですか?と椿先生に聞かれ、
    もっともっと自由にかな、と、一応考えた結果を話したら、
    え?これ以上もっと自由にですか?と。え??

  • 238月


    大雨も大きな地震もまるまる自分ごとのこの週末でした。

    5月の下谷神社のお神輿の時の風邪の症状から始まった
    耳鼻咽喉科通いが先週の金曜日にようやく終わりました。
    そして、それと並行して始まっていた整形外科通いなのですが、
    右膝の靭帯損傷の疑いとかと言われ、昨日、MRIを撮りました。

    結果はこれからなのだけれど、耳鼻科と整形って、
    おばあさん街道まっしぐらですよね。
    なのですが、社会人としての毎日はいろいろ忙しくて、
    ありがたいことなのか何なのかだけど、ありがたいのでしょう。

    学校は、来年いよいよ半世紀。創立50周年です。
    自分にバトンがまわってきた2000年以降、25周年、30周年、
    そして40周年と、大掛かりな行事をしました。
    40周年大同窓会のときに、50周年は招待してねと言っていたのに、
    ああ、まだいます。

  • 158月
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    ぼかしたわけではなく、元々ぼけぼけでした。
    数えてみれば半世紀近くも前、
    あの頃は、現像してみて初めて写り具合がわかったのでした。

    友だちのYちゃんに、巫女さんする?と誘われて、したいしたいと。
    確か、足立区の大鷲神社の酉の市の日でした。
    (袴の片方に両足入ってます。…脱ぐとき気がついた。)

    宗教があるのだかないのだかというのは気楽なもので(不謹慎!)、
    巫女さんもすれば、お経みたいなのも唱えます。

     —–
     うん あぼきゃべろしゃの なかぼだらまに はんどまじんばら
     はらはりいたまの うんうん
     —–

    お盆だからではなく、
    時々耳元に蘇っては懐かしく思い出すこのお経!の思い出です。

    幼なじみのTちゃんがおじいちゃんから教えてもらったというこれ、
    幼稚園に入る前から一緒に遊んでいたTちゃんと私と妹でしていた
    お葬式ごっこ!で、太鼓叩いてハタキを振って唱えていました。

    聞き覚えなのでところどころ違ったのだけれど、調べてみたら、
    仏教の密教で唱えられる「光明真言」という呪文の最初の部分で、
    意味は「大日如来はじめ5人の仏様よ、我らを聖なる光で包み、
    救いたまえ」という、仏さまの功徳や光を讃える言葉らしい。
    ということで、お経ではなくサンスクリット語の真言!?

    我が故郷、足利の鑁阿寺を、私たちは大日様と呼んでいるのですが、
    「うん あぼきゃべろしゃの…」が大日如来に向けての呪文とは。

    私たち3人組は、毎日毎日本当によく遊んでいました。
    近くの川沿いを歩く探検とか、土筆を摘んで土筆製造株式会社とか、
    空き地に基地とか隠れ家を作るとか、劇を作って演じるとか。
    あと、学校ごっこでは、私は「しんにゅう」が大好きだった!ので、
    小さな黒板に、いつも「道」という字を書いて教えていました。

    それから20年たってそれぞれ結婚し、そこからさらに40年たった今。
    これからも「我らを聖なる光で包み、救いたまえ」です。うんうん。

  • 118月



    無事終了。
    前身の「日本語教員研究協議会」のスタートが1989年(平成元年!)
    そして、「日本語学校教育研究大会」として一新されたのが2006年。
    今年はちょうど20年目の開催でした。

    その今年、発表の応募者は過去最高、当日の参加も早々に満員御礼。
    維持会員校各校からの委員の先生たちによる企画は、
    おお!タイトル「日本語学校の新たなステージへ」にど真ん中から
    勝負をかけてきているではないかと驚き、結果、
    留学・就労・生活の留学の枠にも、制度の壁にも正面から一石を投じ、
    それが皆さんと共有でき、おそらくたぶん、共感も得られたように
    思えたのですが、どうだったでしょう。
    自分からは、皆々皆様、協会事務局も含め、感謝の気持ちだけです。

    そして、我がインターカルトからは4組のべ6名の先生たちが、
    ポスター発表や自由研究発表で登場。
    非常勤の先生たちも日頃の授業実践の発表をしてくれたのは、
    日本語教師という職業の本質に、雇用形態による違いはないという、
    当たり前だけれど、なかなか当たり前にはできにくい当たり前を、
    普通に破ってくれて嬉しかったです。

    実は学校は先週の金曜日から夏休み。これでようやく明日から休み。
    と思いたいのですが、ところがどっこい、
    あちこちからのあれこれ、そして自らのすることも、いろいろあって、
    泳ぐのをやめたら命尽きるマグロとしては大変ありがたいのですが、
    でも、がむしゃらに泳ぐのは本気で卒業したいと願う今日この頃です。

    最後に。
    北海道から沖縄まで、全国から東京に集まってくださった皆さま、
    台風15号の襲来で、特に中部以西からの参加者、委員の皆さんも、
    終了前に駅や空港に向かわれましたが、無事にお帰りでしょうか。
    まだまだ続きそうな猛暑酷暑激暑、どうぞお身体第一に!

  • 078月

    スナフキンとミーのキーリングをつけたかばんを肩にかけて
    学校のエレベーターに乗ったら、「私も好きですー」と、
    後ろから学生に声をかけられました。

    スナフキンは、
    誰にも縛られず、自分の意思で生きる。
    群れない。でも、人嫌いではない。
    地位や所有物にあまり価値を置かない。
    意味のない規則や「〜してはいけません」が嫌い。
    一人でいることを寂しいと思わない。

    まさに私。もしくはありたい姿。

    「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。
    意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」
    (夏目漱石『草枕』)


    樋口一葉も夏目漱石も歩いたかもしれない、
    学校のすぐ近くの佐竹商店街。
    18年前に引っ越してきた時すでに寂しさ漂う予兆ありでしたが、
    この間気づいたら、これらの垂れ幕もかけ変わっていました。
    いい悪いじゃなく、うつろうのが時代なのですよね。


    そして。

    created by photogrid


    2024年3月の卒業式で、自分としては、元気玉を投げたの図。
    元気玉は、『ドラゴンボール』(鳥山明)からなのですが、
    私と話した人からよく、元気をもらったと言われるので、
    それで、卒業生に向けて投げてみました。

    スナフキンは絶対にそんなことしないのでしょうけど、
    生業でも道楽でも、自分らしく、自然体で、
    ずっと元気玉を投げ続けられたら、素敵な人生だなと思った、
    本日、2026年の夏休み初日です。

  • 018月
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    ひまわりが好きなんですが、この写真は特に気に入っています。
    ぐいっと上を向いて、ちゃんと太陽の方を見てますよと、
    力強い前向き感のこれ、何年か前に妹が撮って送ってくれました。

    学校の日光への一泊旅行から、生まれ故郷の栃木県続きです。
    今日は、宇都宮に近い上三川町での研修会。
    いつからか、私は地域日本語教育にも出ばらせていただいて、
    恐縮この上なしです。


    日本語教室がまだない上三川町。そこに、
    日本語学習支援に関心のある54人の方々が集まりました。
    様々なバックグラウンドを持つ皆さんはとても積極的で、
    明日にでも教室がいくつもできるのではないかと思いました。

    そして、先週も実は宇都宮でした。


    仕事つながりで懇意にしているYさんがリタイアし、
    このチェロの演奏会に奏者として出るということを聞きつけ、
    迷うことなくチケットを買ってでかけて行った、という宇都宮。

    Yさんの晴れ姿が見たかった。そうなのですが、
    それは同時に、私の少し前を行くYさんが今を生きる姿を見て、
    自分のこれからを考えたかった…ということで。

    初めて見た、チェロを奏でるYさんは、ただただ素敵でした。

    話を戻して、今日の上三川町での研修会の後、
    宇都宮在住の甥が会場に迎えにきてくれ、二人で食事をしました。
    30歳の、今を生きる彼と語り合いしこと、また楽しからずや。


    あっという間に8月。
    ぐいっと上を向いて、ちゃんと太陽の方を見ていきます。

  • 297月
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    今、マレーシアのコタキナバルにいるという友人、
    Sakiさんから夕日の写真が送られてきました。
    コタキナバルは、クアラルンプールがある半島ではなく、
    ボルネオ島、サバ州の州都です。


    これは、2017年だから9年前、
    Sakiさんたちマレーシア在住の皆々と行ったコタキナバル。

    ここのところ、
    頑張りすぎないで。自分を大切に。
    自分のために息抜きが必要。
    ・・・等々、いろんな人がいろんな言葉をかけてくれるのは、
    あちこちで私らしくないことを口走っているから。
    ですねぇ、きっと。

    でも、私らしいとか、私らしくないとか、その正体は何なのか。
    どっちが本当の私で、自然体の私なのか。わからなくなります。

    今日は、夜の7時から、
    しまね国際センター主催の日本語教師養成講座の授業でした。
    遠くにいる皆さんとのオンライン上でのやり取り。
    この時間、好きだなと思います。
    このときの自分こそが、私らしい自然体な私?とも思いました。
    そうかもしれませんよね。

    自分らしさは、そのときの健康状態とか心理状態とか、
    そういうものとも大きく関係するのだと思います。
    身体にも心にも十分な余裕があれば「自分らしく」しやすい。

    ◯◯さんらしいとか、らしくないとか、
    人は勝手に色々言うけれど、らしくないと言われる、その方が、
    実は自然体の、らしいなのかもしれない、とも思うのです。

    ・・・熊本を案じながら。

  • 247月


    7月の初めに声がかかり、本番が17日でした。

    去年の一泊旅行で「UFO」を踊った非常勤の先生たち3人組、
    松島先生、池田先生、中村先生たちの今年の選曲は、
    フィンガー5バージョンの「学園天国」。

    事務局の彭さんと私に、2番の「ヘーイヘイヘイヘーイヘイ♪」
    からのサプライズ登場をというオーダー。
    仕事でも何でも、私の基本は「No」は言わない。というか、
    去年のUFOがものすごく良くて、私も来年と興奮して言った。

    通勤の往復の電車の中で、
    まず、1番のようには空で歌えなかった2番の歌詞を覚え、
    その後、3人組によるオリジナルの振り付けで踊る様子を撮った
    動画を見て、真似て、・・・を家で自主練の後、
    授業後にこっそり集まって、カラオケとスタジオで練習しました。

    面倒くさいことを、すぱあっと忘れて、勝手にやり切った感。

    そしてこちらは、日光江戸村。
    花売り娘の夏苅先生、事務局の池上侍。
    右端は、カラオケ出場者の中から選ばれた学生新撰組?

    日本語学校で働く人は、何でもする。できる。
    何でもすることを楽しめる。…ことが必須要素だと思います。

    37年前の1988年に、
    目指すは「歌って踊れる日本語教師」と宣言した私が、
    学生たちの歓声を浴び、その夢を果たした今年の旅行でした。
    誘ってくれてありがとうのひと夜、
    すべてをやり切った、自然とそっちに向かっている気分です。