昨日の今頃は、ジャカルタからの経由地バンコクの空港で、
これ、カオニャオ・マムアンを食べてました。
(マンゴーともち米とココナッツミルク…癖になる味。)
昨日は、あちこちでの待ち時間を経て、
ドアツードア、ほぼ24時間かけて今朝ようやく羽田着。
気温差は30℃以上で、寒くて寒くて寒くて、
夕方まで布団にくるまって、うとうとして、
やっぱり美味しいなと思いながら、みかん🍊🍊🍊を何個も。
さて、この仕事をしたからなのか、今の時代、当たり前なのか、
カタカナの言葉を結構覚えたように思います。
アイデンティティー(identity)もその一つです。
ここで言うアイデンティティーは、
「国・民族・組織などの特定集団への帰属意識」というような意味。
昨日の日経新聞の今月の連載記事に、日産社長カルロス・ゴーン氏が、
「アイデンティティーは国籍では縛られない。
どの国の出身であるかはその人がどういう人かということと全く関係がないのだ。」
と書いています。
こういうことに、はっきり「うん」と頷けるようになったのは、
やはりこの仕事をしたおかげだろうと思います。
日本の少子高齢化による人材不足のため、留学生30万人計画達成のため、
そして、2020年の東京オリンピック・パラリンピック、
これからもっともっと外国出身の人、外国語を話す人が日本に来て、
自分の隣に普通にいる時代に。
そういう今、ゴーン氏の言葉はとても大事な根底の考え方だと思います。
あっちこっち飛び回っているからではなく、
外国人9割>日本人1割という中で、日々さまざまな異文化体験をしているから、
だから自然と身についた。これは他校の皆さんも同じですよね。
だから反対に、在校生や卒業生、たった2週間しかいない教育実習生なんかが、
「うちの学校」と言ってくれるのを聞いたりすると、とっても嬉しい気分になります。
アイデンティティー、ですよねえ。
で、最後になりましたが、冒頭、
ピカチュウの着ぐるみを着たイタリア人とイタリアで撮った写真。載せるのなくて。
昨日の午後の神田川。
♪赤い手ぬぐいマフラーにして横丁の風呂屋には行かなかったけれど、
♪石鹸もカタカタ鳴らなかったけれど、「神田川」にはそのまま、
私の学生時代のような懐かしさがあります。
この、水道橋の駅のそばの橋の上から眺める神田川は、
私が十代だった頃のままのような気がします。
学生運動の名残りの名残りの名残りのような時代だったけれど、
「みんなに主体性はないの」と責められ、でもその時、
主体性って何?と思った。(けれど、言い返しはできなかった。)
それを言った先輩の訃報をこの間伝え聞いたばかりだったので、
仕事先に行く途中でたまたま見たこの神田川は物悲しくもありました。
♪若かったあの頃何も怖くなかった…、ほんとにそうでした。
今も結構怖いもの知らずだとは思うけれど、無垢の怖いもの知らず。
主体性の意味はその後わかって、好んで使っているような気がします。
今朝の代々木オリンピック記念青少年センター。
地は曇り空、柄は葉なき新芽を抱く枝。
こんな生地があったら浴衣を作りたいなあと思いながら。
ちらつく雪を窓の外に見ながら、
日本語教育機関トップセミナーの分科会。
学校は40周年、私は30周年と、
予定していたわけではなく口から出た自己紹介での一言。
わっと笑いが起こったのですが、
そう、もうそんなに長いのです。学校も私も。
私が今の立場になったのは41の時です。
それを遠くで伝え聞いた人が、え?あの加藤先生が?
あの歴史とあの規模のインターカルトの?と、
要は違和感…だったのだと思いますが、そう思ったと
この間、十何年ぶりに会った人から聞きました。
(まあ、それは正しい。教師上がりの女じゃ危ういね
という噂が立った国も…。←このやろー!と思った~_~;)
でも、41でも何でも、結局は何となく今日に至る、なので、
やらせてみたら、できちゃうのだから、
若い人にどんどん任せたらいいのだと、浴衣の柄とは別に、
今と未来のことをたくさん話しながら思ったのでした。
It’s a long story、話せば長くなりますが、
地理が得意ではないので、真面目に勉強したことがなく、
なので、どの国がどこにあるか知らない、
興味がないままに、27の時にこの仕事に突入。
この仕事に就いたおかげで、国の場所、歴史、文化、
いろいろ知ることができ、本当に得したと思っています。
今日は、インドネシアからお客様。
ラマさんの上司のアリフさんファミリー。
It’s a long story、
31の時、カチンとくることがあって、じゃあ私が行きます!
と手を挙げて決まったインドネシア赴任。(それも単身…。)
その時、ジャカルタはジャングルだと思っていました。
そこから始まったインドネシアとの関係。
まさか、こんな何十年たっても縁が続いているなんて。
ジャカルタはジャングルではなかったし、
ほんと、よかったよかった…なのであります。。
足元のピンクのハートに、30周年加藤先生の文字。
年末に行った香港で、卒業生たちにもらった私の人形。
この角度が似ている。特に脹脛(ふくらはぎ)がものすごく。
皆でああだこうだ言いながら、修正依頼をしてくれたらしいです。
養成講座に入学したのが1987年。私も30年。
今日は、話の流れで昔を振り返ることになってしまいました。
懐かしくない過去も、ありますよね。
そんな時は、思い出して嬉しい過去の、これからはこの人形を。
子供のころ思い描いていた私の将来は、
着物を着て、割烹着をしてしゃがんでお風呂に薪をくべている姿。
それがずっと頭の中にあったので、
結婚してすぐに、ハクビ着付け教室に通いました。
一応、お嫁さんの着付けというような段階までしたのですが、
その後、自分で着物を着るチャンスなし。
それが、日本語教師に転職して何年かしたところで、
卒業式に着物を着ましょう!という話がいきなり起こり、やったー!と。
それから、入学式、卒業式、スピーチ大会、海外での留学フェア等で、
積極的に着物を着るようになり、現在に至る…です。
本日、2017年1月生の入学式。
あの、毎日着物を着ている嫁を目指していたころ(!?)、
まさか22もの国の学生たちと一緒に写真に収まることになろうとは!
何がどう役立つかわからないものですよね。
そして今日の赤い着物、外国人学生を相手にしているこの仕事だから。
普通、この年の人は着ませんよね。黒柳徹子さんくらいしか。ねえ。
ということで、いつ、どこで、何が、どう役に立つかわからないから。
今日、入学してきた皆さんも…。